《第92話》

水道のジレンマ

 1960年代、「大きいことはいいことだ」というテレビCMがありました。大手菓子メーカーのチョコレートのCMソングであり、団塊の世代の方はいまでもメロディを口ずさめることでしょう。当時は戦後の復興から、高度経済成長に移行した時期。まさに大きいことが、繁栄の証しと考えられました。消費者の暮らしも、大型の家具調テレビ、大型ステレオ、大型冷蔵庫などをそろえることが、豊かさの実感と思われたものでした。
 でも時代の変化や技術の進歩で、今は“小ささ”も価値を持つようになっています。音楽鑑賞はミニコンポやMDで。持ち歩く携帯電話はどんどん軽量化。デジカメは胸ポケットにすっぽり入る小さいものが好まれる、といった具合に。
 しかし中には、「大きいことはいいことだ」が、以前よりずっと強く実感されるものもあります。それは、企業や店舗の大きさ。消費者は、より大きい店に足を運ぶ傾向があるし、企業は混迷の時代を生き抜くために、M&A(合併・吸収)が必須と考えているでしょう。でも経営の規模は、大きいことが絶対いいことと、ほんとうに言い切ってしまっていいのでしょうか。

大きさのデメリット

 食べ物や飲み物は、おいしいものは値段が高い、というのは一般的な常識。でも不思議なことに、水道の水に関しては、それが成り立ちません。水道はおおむね、料金が安いほど水がおいしく、料金が高くなるほど水はまずくなる、という傾向があるのです。それを、『水道のジレンマ』と言います。
 ではなぜ、料金が高いほど、水道の水はまずくなるのでしょうか。その答えは簡単。水道の大きさによるものです。たとえば少人数の集落なら、水道をつくるにしても、きれいな山の湧き水で間に合います。だから、設備にも維持管理にも、お金はほとんどかかりません。その結果、ミネラルウォーターに近いおいしい水が、信じられないほど安い料金で飲めるものです。
 では大都市はどうでしょう。膨大な水の需要をまかなうには、水質を犠牲にしても、大量の水を確保しなければなりません。ダムをつくる経費、水質浄化の経費などが、必然的にかかります。だから大規模な水道施設を必要とする大都市ほど、水道料金が高く、しかも水がおいしくなくなるのは、宿命ともいえるものなのです。
 地方の小さな町村は、大都市にはとうてい都市間競争でかないっこない、という気持ちになりがち。でも都会を訪れ、水道の水を飲んでみれば、都市の大きさはいいことばかりではない、と気づくでしょう。

小ささを生かす

 いま、商業の世界においては、大が小を圧倒するという図式が見られるのは事実です。郊外大型店進出の陰で、零細な商店が廃業していく光景は、日本中どこでも見られますし、そういう傾向はこれからも当分続くでしょう。
 でも、小さな店に活路がないとは思えません。本当においしい水は、小規模水道で供給可能なように、小さいがゆえのメリットもありそうです。小規模店ゆえの、良質の限定商品やサービスを提供できるなら、高品位の顧客満足創造には、店が小さいことは絶好の条件に変わるはずです。
 たしかに、経営規模を大きくすることは、経営者の夢でしょう。でも、無理な業容拡大で、商品やサービスの質を落とすようなことがあってはいけません。小さくてもかまわない。むしろ小ささにこだわり、良質な店舗であり続ける。そういう理念が、これから輝きを持ってほしい、と願っています。


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