《第104話》
言葉が生む虚像
多くの地方都市で、中心市街地空洞化に歯止めがかかりません。先日訪れたN市は、商店街の9割近くが空き店舗という、文字通りの“シャッター通り”になっていました。これでは、がんばっている商店主まで、やる気をなくしてしまいそうです。
そこで、中心市街地を活性化しようと、各地にTMO(まちづくり機関)が生まれました。構想策定にとどまらず、ハード事業にまでこぎつけた事例も多数あります。しかし残念なことに、ハード事業まで取り組んでも、顕著な成果が見えにくいのが実状のようです。
道路をセットバックした。しかし結果は、車が速度を上げて商店街を通過するだけ…。リノベーション補助金活用で、テナントミックスを実現した。だけど、にぎわったのはオープン当初だけ…。関係者たちはがんばっているのに、なぜ成果が現われにくいのでしょう。ひょっとしたら先入観にとらわれ、盲点が生まれていたのかもしれません。
セットバックの意味
たとえば、セットバックとは、「建築物を道路の境界線から後退させること」です。でも、その意味は、道路を広げて、通行量を増やすことではありません。街路の日照を妨げないよう、高層ビルの上の階を引っ込めることです。上部が斜めにカットされているビルがありますが、あれがほんとうのセットバック。車の通行のためではなく、日照のための措置なのです。
そう考えるなら、商店街のセットバックも、本来はまちの隅々まで太陽の光を差し込ませるためのものだったはず。しかし日照のためであっても、建築物を後退させれば道路が広くなり、車の通行量が増えます。関係者ならそちらに関心が行き、セットバック→道路拡幅→通行量増加→商店街の客数増加と連想するのは当然でしょう。
でもハード事業が完成して、車の通行量が増えても、商店街の客数増加にはなかなかつながりません。日照改善という本来の目的は達成されていても、そんなことさえ忘れている事例がほとんどでしょう。
『ルビンのつぼ』は、人間の目の錯覚を知る事例として有名な絵です。中央の白いつぼが最初は見えていても、周囲の黒い部分が人の顔に見えてくると、白いつぼは意識されなくなるものです。
セットバックから日照の意味が薄れ、道路拡幅・通行量増加ととらえる方が多いのは、ルビンのつぼで、人の顔しか見えなくなるのと同様の人間心理のせいかもしれません。
リノベーションの意味
リノベーションという用語は、「古いまちを改造すること」と考える人が多いでしょう。でもリノベーションの本来の意味は『修復』。新しいものをつくるのではなく、古いものを復元することです。たとえば古い名画を修復して、昔の彩色を取り戻す作業を思い浮かべてください。その際、絵を飾る部屋を改造するにしても、主役は新しい部屋ではありません。修復された絵画が主役なのです。
「セットバック=道路拡幅」「リノベーション=まちの改造」という意味づけに、頭がしばられていなかったでしょうか。そういう言葉が生む“虚像”が、まちづくりの方向性を狂わせていたのかもしれません。
そこでもう一度、原点に立ち戻ってみてはどうでしょう。従来の常識や言葉にとらわれないで、まちを素直な目で点検してみることです。人気映画の台詞風に言うなら、「答えはいつも現場にある」ということです。